井上雄彦先生のアドバイスが甦る信の眼光
キングダムの主人公は飛信隊の隊長である信です。ただ、物語の舞台は中華全土と広く、また登場人物が非常に多い為、信にも会った事のない人物が大勢います。王弟・成蟜（せいきょう）とは、実はこの時まで一度しか会った事がありません。それは、6年前の反乱の時。漂（ひょう）が命を落とし、嬴政（えいせい）と信が初めて出会った物語の序盤の事です。
その後は互いに嬴政の協力者となるのですが、成蟜が信の事を気に掛けていた事が今回、初めて明らかにされました。王に成ろうとした成蟜だからこそ兄・嬴政が成し遂げようと決意している事の過酷さを誰よりも理解し、その為の言葉を信に語るのですが、それに対し信は言葉よりも、目で意志を示します。
この時の信の目を見て、ある事を思い出してしまいました。それは「キングダム」の連載が始まってしばらくした時、人気がなくて連載が終わってしまいそうな状況で作者の原泰久（はら・やすひさ）先生が、かつてアシスタントをした事のある「スラムダンク」の井上雄彦先生にアドバイスを求めた際に言われた言葉だそうです。
「主人公の目をもう少し大きく書いたら」
他には何一つ言われなかったそうです。今では連載16年目を迎える大人気漫画が打ち切り寸前だったなんて信じられない話ですけど、この一言がなかったら、そうなっていた可能性もあります。
この場面はとても大事なところだから、言葉ではなく絵で、目で語る。天才・井上雄彦先生から天才・原泰久先生へ送られた貴重なアドバイス。何だか、今でもその助言が生きている気がして、凛々しい信の眼光に射貫かれてしまったような気持ちになりました。
兄・嬴政と弟・成蟜。孤高の王に唯一肩を並べられる筈だった未来
王様だからで片付けられてしまいそうですが、嬴政は孤高の存在です。信がそうであるように、武将だったら戦場で共に戦った仲間たちとお酒を酌み交わすこともあれば、バカなお話を肩を叩き合ってする事もあります。
それは、王騎将軍のように偉くなっても当然のようにあります。でも、王様とは、大王様とは、誰もそんなに気さくに付き合えません。だって、同じ重荷を背負う存在が他にいないからです。
側近はいます。慕う民もいます。英雄王となった今、崇拝してくれる武将や文官もいるでしょう。でも、やはり誰も肩を並べる事は出来ないし、重い荷物を代わりに担ぐ事も出来ません。唯一、それが出来る可能性があったのは王弟・成蟜（せいきょう）だったのです。
今回、妻である瑠衣の回想で夜を徹して勉強している成蟜の姿が描かれていましたが、国を治めるだけでなく他国を滅ぼし統一していく為には、治める者に相当な知識と方法論が必要になります。
嬴政に遠慮せずそんな議論を戦わせ、共に考えられる相手。兄・嬴政はそういう相手を必要とし、そういう相手に自分も成りたかった。心情が語られた今、成蟜の無念は物語で流れたピアノの旋律のように固く弾け、いろんな人の心に届くようです。
成蟜の意志を紡ぐ王妹・瑠衣
兄・嬴政も弟・成蟜も共に王として、王族として秦の国や、もっと大きな中華という世界を考えていました。500年を超えて尚も血で血を洗う戦国時代を止めたいと。その為に更なる血を浴びる事になっても、中華統一をするしかないと。
嬴政に肩を並べ、成蟜が頼もしい相棒になる未来は直ぐそこまで迫っていたのに、その夢は潰えてしまいました。運命を受け入れる一方で少しでも兄の力になる為に勢力を残そうと妻・瑠衣に託すのですが、この後、瑠衣は堂々と宣言します。
「亡き夫の遺言を受け、この瑠衣が兄王様の支えとなりまする。成蟜様の時と同じように兄妹力を合わせ、必ず呂不韋（りょふい）を打倒致しましょう」と。
義理とはいえ、これだけ堂々と自分が嬴政の妹である事を瑠衣が宣言したのは初めてです。それは今まで成蟜に遠慮していた部分もあったでしょうし、同時に強い決意が芽生えた証でもあります。
キングダムという物語は、想いを受け継ぎ、生き残った者がそれを背負って行く強さを描く物語でもあります。今までは戦場の武将に、その振るう剣や矛に想いの重さが宿っていましたが、ここから国を統一し他国を滅ぼす段階に差し掛かると、民をまとめ、統治する王族の言葉にもその重さが必要となってくるでしょう。
政争。権力争いという名の戦いは一旦ここで物語の表舞台から立ち退きます。でも、成蟜の想いはこれからも瑠衣に、嬴政に、信に受け継がれていくのでしょう。嬴政と権力者・呂不韋の最終決戦まで、もう少しです。
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